京都、奈良のお寺、全国のお寺、仏像、お城巡り、他

新着情報

2019年11月04日
社会問題・その他
秀吉が築き、家康が建てなおした名城「伏見桃山城」(京都)
 伏見城は3度にわたって築城され、1592年に指月山に築かれたものを指月山伏見城、後に木幡山に再築されたものを木幡山伏見城と呼んで区別され、さらに木幡山伏見城は豊臣期のもと、伏見城の戦いで焼失した跡に、徳川家康によって再建された徳川期とにわけられます。豊臣期の伏見城は、豪華な様式が伝わります。(KYOTOdesign)より
現在の天守は1964年に6億円かけて再建されたそうです。鉄筋コンクリート造ですが、耐震基準を満たしてないことから今は入場禁止となっております。
近くで見ることはできますが、中に入れないので残念です、また帰りの高速から見る伏見桃山城は本当に立派な姿でした。
そして、平等院、建仁寺に立ち寄り新しいご朱印帳を「ゲット」しました〜!good
左は建仁寺の国宝「風神・雷神」 屏風図です。shadowケツ出してかっこ悪いけど、かっこ良いいわ〜ウルフちゃん。lovely

 
2019年09月07日
社会問題・その他
「岡崎城」
 天文11年(1542)12月26日、徳川家康は、ここ岡崎城内で誕生した。家康は6歳で織田信秀(信長の父)、8歳で今川義元の人質となり、少年期を他国で過ごしたが、永禄3年(1560)の桶狭間の合戦で、今川義元が戦死したことを契機に自立した。ときに19歳。以来、岡崎城を拠点に天下統一という偉業への基礎を固めた。・・(岡崎城パンフより抜粋)
復元された岡崎城の現在は歴史資料館になっています。
(鉄筋コンクリート造、昭和35年復興天守閣)
2019年08月02日
社会問題・その他
 福知山城は天正年間、明智光秀の縄張りと伝えられ慶長年間にいたり近世城郭として完成されました。
 明治の廃城後わずかに残された本丸に多くの皆様の協力により大天守閣続櫓小天守閣が再建されました。
 城郭研究の権威 東京工業大学名誉教授 藤岡通夫工学博士の復元設計による二重櫓に入母屋の大屋根をかけその上に小望楼をのせた姿は初期天守閣の様式をよく表しています。(場内看板より)
外観は木造っぽく見えますがコンクリート造でした。中は風通しが悪くエアコンが効いてないので真夏はかなり暑いのではないかと思います。(スポットクーラーで冷やしていたので空調が壊れているのかもしれません❓) ※外構は只今工事中
2019年08月01日
社会問題・その他
「日本三景 天橋立」
 天橋立の「股のぞき」の事は昔より誰れゆうとなく巷に流れたもので今日では全国的な愛称となっている。各所に設けてある「股のぞき台」の上で股を開き頭を深くさげていると、だんだん頭に血が充血して目が廻るようになり、まさに天橋立が幻想的に紫紺の空に続くようになる。 皆様も、是非一度ご覧になって下さい。って書いてありました。早速、ウルフも「股のぞき」しましたー!。


 shadowウルフちゃん何やってるんかの〜despair
2018年12月12日
社会問題・その他
 清州は、鎌倉街道と伊勢街道が合流する「交通の要」でした。北へ向かうも南に向かうも、清州は重宝され、誰もが手に入れたい場所でした。桶狭間の戦い、関ヶ原。織田信長や福島正則はこの清州から戦へ出向き、また本能寺の変の後に行われた後継者を決める会議も清洲城を舞台に繰り広げられました。(ホームページより抜粋)
とにかく、いいお天気で心が笑われるようで、信長ちゃんにも笑われました。

大須に移動sign04run大須は2回目ですがこの日も賑やかで定番の矢場とん行きました。(福井で言うとヨーロッパ軒みたいなもんかの?)ぶーちゃんとまわしのキャラクターがユニークやわ〜。